読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Grizabella

セレンディピティを求めて

「正しさ」では救われない 雨宮マミ『まじめに生きるって損ですか?』

 

まじめに生きるって損ですか?

まじめに生きるって損ですか?

 

 

「悩み相談」ではなく、スナックのカウンタ―で世間話をするように、相談者の「愚痴」を、著者がただ聴く、というコンセプトの本。

 

 「悩みにアドバイスする」という形式だと、どうしても、今相談者が直面している困難や、表面化された問題になりがちだ。

一方で、この本のように「愚痴を吐いてごらん。アドバイスとかはできないけど、ただ聴いてあげるよ」と言われると、「相談」という形式では難しい微妙な心理だったり、無自覚のうちに人生の選択肢を狭めていたり、とさまざまな「生きづらさ」の問題が出てくる。

 

「私がたくさんいる」

これは、読みながら、強く感じたことだし、励まされたことでもある。

相談者の年代が、20代前半から40代と幅広いことに、安心した。

私は、「成人しているのに、頼りない自分」が嫌いだったし、「30になる前に、何かしらの結果を出さなければ」と焦ってもいた。「しっかりしなくてはいけない」という強迫観念に苛まれていた。

この本には、さまざまな年代・状況・考え方の人が、登場する。共通するのは、女性で、誰かに聴いてもらいたい「愚痴」があるという点。

他の女性たちの「リアル」を、窺い知ることができた。

年上の人の相談には、「○歳になったから、しっかりしなくてはいけない」というのはないし、「いくつになっても、悩みは尽きないものなのだろうし、たまには泣き言だって言いんだ」、と感じた。

年下の人には、「しっかりしてるな」と感心したり、学生・就活など年代特有の悩みには、「意外と何とかなるもんだよ」と思ったり。

 

私も彼女たちと同じように、「まじめに生きてきたはずなのに、人生うまくいかない」と感じている人たちの一員。

そして、著者・雨宮まみさんも、同じ立場から意見を述べる。こういう、「悩みに答える」タイプの本(あるいはコラム)って、「カウンセラータイプ」か「先輩タイプ」に分かれると思うんだけと、著者は後者。

彼女たちは、私であり、著者でもある。

彼女たちに自身を重ね、決して上からではなく、あくまでも、人生の「先輩」としてコメントする。解決策ではなく、著者が感じたままを語る。それが、暖かく感じたし、もっとこのやりとりを読みたいと思った。著者の新しい作品が、もう世に出ることはないというのが、本当に残念でならない。

 

それから、内容とは関係ないのだけれど、読んでいて感じたことがある。

それは、相談者やこの本の読者層(私も含む)とは、全く違うタイプの女性たちのこと。

大雑把にいうと、リア充

私は、彼女たちは、明るくて、「持てる者」で、悩みなんてないのだろう、と思ってた。いや、悩むことはあるだろうけれど、「大した悩みじゃないでしょ」と。 でも、この本で、さまざまな「愚痴」を読んで、人をあれこれ決めつけることなんてできないし、ましてや、「別世界の住人」でもない。「どんな状況の人だって、それぞれ悩みはあるのだろう」ということに気付けたし、自分の誤った認識を改めることができた。

 

「正しさ」のワナ

みながルールを守らなければ、社会は崩壊してしまう。

そういう意味で、「正しさ」は必要だ。

でも、「正しさ」を価値観にすると、どこかで無理が出る。

 

親や周囲の、「あれやれ」「これダメ」に従って、ちゃんと努力もして。

大人になってからも言われ続けて、それにも従って。

でも、評価されるのは、適当に楽しくやっている子たちで。

周囲からは「ちゃんとしろ」と言われ、親からは「期待外れ」と嘆かれ、親しい人からは当然のように見下されるか、「重い」と距離を置かれる。人の何気ない一言に、傷付く。

真面目にやってきたのに、なんでこんな目に遭うの?

 

この本の相談者たちや私は、「正しさ」に振り回されてきた。

それに対する、著者の返答は、「努力が足りない」でも「自分磨きをしましょう」でもない。

「逃げていい」「ラクしていい」「楽しいことをしていい」

一般的な考え方の人たちにとっては、至極当たり前のことなのだろう。でも、その「当たり前」に、長年気付けなかった。自分が幸せになれないのは、「努力が足りないから」だと思ってた。

 

「生きていくのがつらい」という言葉を聞くと、私は「当然だよね」と思います。*1

 

これも、衝撃的な言葉だった。

世の中に目を向けると、「毎日楽しい」「人生充実している」というのが「正しい」とされている。

人には、向き・不向きがある。もちろん、毎日楽しくて、人生充実しているって心から感じている人もいるだろうし、その人たちが悪いというわけではない。

でも、そう思えないのも、「アリ」なんだ。「『生きていくのがつらい』って思ったっていいんだ」、「人生充実させなくたっていいんだ」って気付いた。

 

最後に

「正しさ」を、手放すことにした。

ただ、生きるためだけに生きたって、いいじゃないか。

楽しい人生じゃなくたっていい、充実してなくたっていい。

その中でも、楽しいと思えることをやって、できるだけラクをして生き延びていく。

堕落かもしれない。

別にいいや。

*1:P.194