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Grizabella

セレンディピティを求めて

盛り上げなきゃ(使命感)

日記

「盛り上げよう」という空気が苦手だ。

心から楽しんでいるのなら、別に良いのだ。

こんな私でも、気を遣うし、無理にノリを良くしようとするから、後で疲れる。

それに、派手に騒いでいたグループが、後日「つまらなかった」と愚痴り合い、一緒に盛り上がっていた人の悪口を言っているのを聞くと虚しくなる。

 

皆が大して楽しくもないのに、「空気」のためだけに、楽しいふりをする。

強迫観念と同調圧力

疲れるだけの虚しいことだと思っていたけれど、「盛り上げなきゃ」という気持ちに触れる出来事があった。

 

 先日、あるアイドルのライブに初めて行った。

ちなみに、初スタンディングでもある。

 

初心者だから、事前に調べた通りに、後ろの方にいた。壁側は、古参っぽい人達で埋まっていた。

自分は人前では見せないが、一人だと音楽にノる方である。

ライブの時も、だんだん慣れてきて、手拍子したり、縦揺れしたり、振りコピしたりできるようになった。

でも、まだ気恥ずかしさは残っていて、完全にノりきれない自分がいた。それがまた、恥ずかしかった。

ライブの楽しみ方は、人それぞれだと思う。モッシュするのも、ゆったりと鑑賞するのも自由だ。

私は、煽ってくるアイドルたちに応えたかった。でも、できなかった。

とても楽しいライブだったし、思い切って行ってみて良かったとも思ったが、自分に対しての後悔は残った。

 

後日、別のアーティストのライブに行った。

バラードの多い歌手だし、ファンの年齢層が幅広いためか、皆思い思いのスタイルで参加していた。

私は、ノる方についた。

この時も初めてだったが、歌手が煽ってきた時は全力でノろうと心に決めた。

 

帰り道、ふと気が付いた。

私がライブ中に感じた気持ちは、「盛り上げなきゃ」という、使命感にも似た感情に近いのではないかと。

 

状況が違い過ぎないか?というセルフツッコミと、皆が持っているのに自分には理解できなかった感情への共感。

ライブの余韻だけではない、妙な高揚感に包まれながら、帰宅したのだった。

 

 

 

 

 

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