読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Grizabella

セレンディピティを求めて

99%の絶望と1%の希望

日記

自分はおかしいと思って、

周囲も、自分をおかしいと感じていると思って、

客観的な判断を求めた。

 

だけど、私の知能は正常らしい。

むしろ、標準より高いと言われた。

 

「知能が高くて悩んでいる」なんて、人には言えない。

しかも、飛び抜けて高いわけではないから、尚更。

 

誰かに言いたいけど、

誰にも言えない。

だから、心の内をブログに書くことにした。

 

私は、本当に知能が高いのだろうか。

科学的な根拠とはいえ、疑ってしまう。

同じ層の人々は、有名人とは言わないまでも、一般に「知的」なイメージの職業に就いているようだ。

IQがすべてではない。職業がすべてではない。

分かってはいるが、自分の現状と比べずにはいられない。

「もっと努力していれば」「将来を見据えていれば」「自分を客観視できていれば」

後悔の念に駆られる。

 

身近な人のIQが分かれば良いのにと思う。

見下すわけではなく、ただ純粋に、自分は知能において、社会のどの程度の位置にいるのか知りたい。

そして、社会的地位や、「頭が良さそう」というイメージ、要領の良さ、人間関係での立ち振る舞いの上手さ、との相関も知りたい。

現実には、IQは、試験の点数や資産の話題以上にタブーなのだろうけれど。それに、測っている人の方が珍しい。

測った人が集まって、数値の高低や凸凹は関係なしに、「同窓会」的なものができたら、楽しいかもしれない。

 

推論ばかりの話になるが、IQが20違うと、会話が成立しないらしい。

そして、標準であるIQ100付近が、本当に世の中の大半を占めているのだとしたら、私は、その人達とは理解し合えないのかもしれない。

突然の思い付きは、孤独をもたらした。

実のところは、コミュニケーション力の低さと、極度に内向的な性格によるものだろう。

 

誰が悪いのでもない。

私が悪いわけでもない。

ただ、私が異質なだけなのだ。

それを理解し、受け止めることができず、多くの時間とエネルギーを費やしてしまった。

 

正常の範囲内らしいから、これからも、これまでと変わらない生活が続いていく。

普通ではなく、異常でもない。特技もない。

天才ではなく、秀才にもなれなかった人生。

結果が出た時、「救いがない」と感じた。

困難を羨むのは、間違っているのかもしれない。

明確にしたいと切望していたのに、いざ明確になると、ひどく動揺した。

 

一方、異質だと分かって、ホッとしている自分もいる。

妙なもので、何もなくなると、かえってやる気が出て来る。

人にIQを告げる機会はないだろうから、傍から見れば、何も変わっていないのだろう。

だが、自分の中では、密かにモチベーションになっている。

希望は、あると思う。

広告を非表示にする