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Grizabella

セレンディピティを求めて

君は、本当は、いい子なんだよ! 『窓ぎわのトットちゃん』

書評 書評-エッセイ

 

窓ぎわのトットちゃん

窓ぎわのトットちゃん

 

 

トットちゃんこと黒柳徹子さんの学園生活を綴った作品である。

 

小学生の時、友達がこの本を読んでいた。

「教科書に載っているような、マジメな本なんだろう」

何故かそう思い込んだ。

学校があまり好きでなかった私は、各所で「おすすめの本」として目にしても、ずっと避けてきた。

 

もっと早くに読めば良かった……。

私のような人間こそ、読むべきだった。

 

私とトットちゃんは似ていないし、

エッセイだから、ドラマのように大きな起伏があるわけではないのだが、

自然と涙がこぼれていた。

私の中にいる、幼い自分が、救われた気がしたのだ。

 

トモエ学園との出会い

物語は、トットちゃんがトモエ学園に転入するところから始まる。
トモエ学園は、変わった学校だ。
今の感覚でも変わっているという印象を持つのだから、当時(戦前〜戦中)では、相当なものだっただろう。事実、両親の意向で去っていく子もいた。
 
独特な点はたくさんあるが、一番の特徴は、小林宗作校長の子供への接し方だ。
彼は、子供を子供扱いしない
対等に接するし、きちんと説明する。
 
それから、好きなことを、好きなだけやらせる。
子供は好きなだけやると、気が済むのだ。
他の子とけんかになることもあるが、そうした経験を通して、限度を知ることができる。
 
「あれダメ」「これをやれ」というしつけは、本人の主体性を損うし、例外に対処できない人間になってしまう。
 
「問題児」とされる子供でも、理解力が劣っているとは限らないのだと、この物語を読んでいて感じた。
うまく言語化できなかったり、人との接し方が分からないだけで。
 

教育の可能性

素晴らしい教育方針を持ったトモエ学園だが、教師にとっては、とても大変なことだ。
少人数とはいえ、子供一人一人に注意を払わなければならないし、だからと言って、ガミガミ叱り付けて言うことを聞かせることは理念に反する。
熱意がなければ、できないことだ。
 
その代わり、生徒たちは学校が大好きだし、
問題児とされたり、ハンディキャップを持っていたりしても、個性を保ちながら、社会の中で生きていける人間に立派に成長するのだ。
 

「君は、本当は、いい子なんだよ!」

これは、小林校長がトットちゃんによくかけていた言葉だ。
 
トットちゃんが、トモエ学園に転入したのは、元いた小学校を退学になったからだ。
このことを、成人するまで知らされなかった。
彼女は、マイペースな性格だが、それでも「疎外感」や「自分は人とは違う」と感じることはあったと書かれている。
 
大人がどんなに隠していても、子供には分かるのだ。
はっきりとした理由は分からなくても、「やってしまった」あるいは「何か問題が起こっている」と感じる。

 

この言葉の本当に意味するところを、当時は理解していなかったが、心の支えになったと、あとがきにも書かれている。

 

トットちゃんの家族

トットちゃんのご両親も素晴らしい人たちだ。
前述の通り、トットちゃんは転校の理由を成人まで知らなかったし、責められることもなかった。
お母さんは、トットちゃんの突飛な行動に戸惑いを感じているが、厳しく叱るようなことはなかった。
話をじっくり聞いて、娘の独特な思考回路を理解しようとしているのだ。
お父さんは、登場回数は少ないのだが、娘を可愛がっているのが分かる。
犬のロッキーは、頼もしい兄のような存在で、トットちゃんを見守っている。
 

まとめ

私は、トットちゃんを素敵な子だと思う。
彼女は、マイペースだし、問題もよく起こす。
しかし、体が小さいことをからかわれた子の代わりに、他校の生徒に向かって行ったり、トモエ学園のことを囃し立てる歌を他校の生徒に歌われた時に、学園を褒める歌を歌ったりと、心優しく勇敢な面もある
 
「普通」とは違うかもしれない。
でも、誰にもマネできない魅力を持っているのだ
 
黒柳徹子さんが、芸能界で長く活動し、世界的にも活躍しているのは、彼女の素晴らしい個性や性格に加え、それを伸ばす教育と楽しい学園生活によるものなのかもしれない。